教 育 の 現 状 (2)教育現場 |
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小生は過去25年間学習塾を経営し、そこから導き出された、生徒と保護者、保護者と塾、講師と保護者の関係に対する小生の見解を述べてみたいと思います。 | |||||||||
【2】教育現場 | |||||||||
日本の英語教育は戦後一貫して話せる生徒を育成するという観念がなく、ただ単に英語を教えればいいという考えだけに埋没してきた。当然それは日本の英語教育をデザインする文部官僚に話す能力の育成の必要性の意識が欠如したことに尽きるのではないでしょうか。 この結果教育の現場に於いては、受験英語に特化した英語教育が行われ、また英検においても語彙力や、読解力を問う試験内容に支配されてきた。このために日本の生徒の読解力のレベル(特に、大学受験を希望する生徒)は他の国の生徒とは比較にならないほど高度に成長した。 1980年代になって日本経済が、田中内閣の日本列島改造政策の下に急速に成長し、貿易拡大も大きく膨張した。このころから外国貿易に必要な人材確保が迫られ、話せる英語教育がクローズアップした。しかし、日教組の「詰め込み教育」の反対に端を発して、「ゆとり教育」へ文部省は舵を切った。 これにより教育の荒廃が始まり、英語教育どころではなくなってきました。結果的に日本の英語教育は、アジア地域において大きく遅れを取り、文部科学省も国民の「教育の荒廃」に対する批判が強まり、学習指導要領を改訂して2013年4月より中高には、英語による英語の授業を決定し導入を図った。 しかし、問題はここからです。誰がこのような授業を生徒に行いますか。教える人が英語を話せないのに。。。。。つまり文科省は教員の資質の向上を図らず、単に学習基準のみを教師に押し付けてきたのです。このために学校現場では大混乱が起こり、手の打ちようがない有様に至っています。 文科省は、このような状況を打開するために早急に人材確保に奔走していますが、短兵急にこのような問題の解決策は見つかりません。正に「ローマは一日にして成らず」です。ここに来て文科省のビジョンのない国策を露呈したのです。 小生は、塾生に対して英語教育の目的は話せる人を育成することが大切だと言うことを常に力説し、このようなコンセプトにおいて授業は常に生徒のレベルに応じて、できるだけ英語ですることを心がけてきました。このお陰で予想もつかぬほどの英語力を伸ばすことに成功し、高校一年で英検2級は当たり前の状況を作り出しました。 |
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この後当塾での実際のドキュメントを紹介します。 | |||||||||
2013年7月29日 | |||||||||